事業承継対策において、社長に対する退職金の支給額検討は重要です。
社長に対する適正な退職金の支給額について考察します。
■退職金支給額の検討スタンス
退職金の支給額を考える際、次の2つのスタンスがあります
1.損金算入できる範囲で、社長の退職金を支給するという考え方
2.社長の功績に対して退職金を支給するという考え方
それでは、この2つについて解説いたします。
1.損金算入できる範囲で、社長の退職金を支給するという考え方
〇役員退職金が損金不算入とされる基準
法人税法には、役員に対して支給した退職金の額については、『不相当に高額な部分』の金額は、損金算入できない旨、定められています。
◆法人税法34条2項
内国法人がその役員に対して支給する給与の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
それでは、『不相当に高額』な部分とは何かということですが、法人税法施行令70条、同条2項には、次のように定められています。
◆法人税法施行令70条
法第三十四条第二項(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は、次に掲げる金額の合計額とする。
◆同条2号
内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額
わかりやすく言いますと、下記の要素について他社と比較して、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額が損金不算入になるということです。
【他社と比較する要素】
①当該役員のその内国法人の業務に従事した期間
➁その退職の事情
③その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役 員に対する退職給与の支給の状況
つまり、ここでは、役員退職金の支給額で損金不算入について、具体的な金額は示されていないということです。
〇功績倍率法
同じ地区にある、同業、同程度の事業規模の会社の退職金と比較して、退職金の適正額が決まるといっても、そのようなデータを一般企業が入手できることは、極めて困難です。
また、地方都市の場合、同業、同程度の事業規模の会社が存在しないこともあるでしょう。それでは、退職金の適正な支給額が判断できません。
それでは、次に、実務的に広く用いられている功績倍率法の計算式についてご説明します。
「最終役員報酬月額」 ×「役員在任期間」× 「功績倍率」
まず、この計算式の根拠を考えてみます。
役員退職金を算定する際に、広く用いられている、この計算式ですが、法律や通達に根拠が示されているわけではありません。
功績倍率について通達に書かれたものは、下記のみです。
◆法人税法基本通達9-2-27の3いわゆる功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、法第34条第5項《役員給与の損金不算入》に規定する業績連動給与に該当しないのであるから、同条第1項の規定の適用はないことに留意する。
これだけだと、わかりにくいかもしれませんが、この内容は、「功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、業績連動給与に該当しない」ということを定めたものです。
つまり、功績倍率法が存在していることだけは明らかにされているのですが、社長の退職金の功績倍率が3倍であるという根拠は示されていません。
それでは、なぜ、功績倍率3倍という水準が定義のように存在しているのでしょうか。
これは、東京高裁判決(昭和56年)で示された次の数字が根拠のように定着化し、守らなければならない絶対的なルールとされていると考えられます。
◆判例の内容
功績倍率 : 社長3.0 専務2.4 常務2.2 取締役1.8 監査役1.6
しかし、この判例は、ある会社の役員退職金の支給について、税務署が、その会社の同業、事業規模類似法人の平均値を示したものにすぎず、全ての会社に当てはまる絶対値ではありません。
他の判例でも、3倍を超えても認められたケースもある一方、1.5倍でも否認されたケースもあります。
したがって、これから退職金の支給額を検討される社長の功績倍率が3倍でなければならないと考える必要はないということになります。
2.社長の功績に対して退職金を支給するという考え方
〇そもそも退職金とは何か
さて、そもそも退職金とは何でしょうか。
退職金は、従業員退職金も含めて、功労報償的な性格を持つと考えられています。
つまり、社長が長年、会社を牽引し発展させてきた功労に対して支払われるものです。
その功労は、創業者であるか3代目社長であるかによっても異なるでしょうし、経営された時期の企業の発展度合いによっても大きく異なるものです。
それにもかかわらず、それを同業他社と比較して単純に功績倍率を掛けて退職金を決定しなければならないという点について、何も異論なく納得される社長は多くないと思われます。
◆事例:弊社の顧問先の創業者のケース
実際に弊社の顧問先の創業者は、「高額な退職金をもらっても使いきれるわけではないが、退職金は自分の功績の証であり、それを社員に認めてもらって引退したい」と、高額な退職金をご希望されました。
〇弊社が考える社長の適正な退職金の支給額
これから述べることは、弊社の私見です。
弊社としては、社長の功労に対して退職金を支給するべきだと考えています。
つまり、社長が自分自身で退職金の金額を考え、株主総会で承認を得られたものが退職金の適正額であると考えます。
損金算入できるかできないかは、会社の経理上の問題であって、退職金を受け取る社長の功労とは、何も関係がありません。
損金算入可能な範囲で、退職金を考えるのは本末転倒と言えるでしょう。
もちろん、最終的に税務署が、退職金を不相当に高額と判断した場合には、法人税を納税する必要がありますが、功績倍率が3倍であっても否認されることがあるのですから、この追加の納税の発生可能性を防ぐ術はありません。