■後継者を取り巻く環境の変化
〇ベンチャー型事業承継のはじまり
平成の終わり頃に、「ベンチャー型事業承継」という言葉が生まれました。
この定義は下記のようになります。
家業がもともと保有していた経営資源を用いながら、若手の後継者が、新規事業、業態転換、新市場参入など新たな領域に挑戦し、新たなビジネスを展開すること
ベンチャー型事業承継が浸透していった結果、後継者は、単に事業承継をするだけではなく、先代から引き継いだ会社を足掛かりに新規事業を起こそうというムーブメントが起こっています。
後継者のことも「跡継ぎ」「後継ぎ」という古臭いイメージを払拭し、「アトツギ」という名称で呼ばれるようになりました。
〇中小企業庁の取り組み
この流れの中で、中小企業庁は、「事業承継をきっかけとした、中小企業者等による経営革新や事業転換への挑戦を応援する」という事業承継補助金制度を平成29年度からスタートさせ、さらに、後継者が新規事業をプレゼンする「アトツギ甲子園」というイベントを行っています。
中業企業庁も、後継者不足を解消するために、「家業を継ぐ」という古臭いイメージではなく、「事業承継を起業に近い前向きなイメージ」として推進しているように感じられます。
中小企業白書によると、後継者不在率が若干改善していますが、こういう取組も影響しているのかもしれません。
▶中小企業白書 2021版より引用
■ベンチャー型事業承継についての疑問点
〇後継者は新規事業を成功させることができるのか
ベンチャー型事業承継のメリットは色々とあるとは思いますが、最大の疑問は、経営者としての経験が浅い(ない)後継者が新規事業を簡単に成功させることができるのか?ということです。
ある調査によると、ベンチャー企業が創業してから10年後の生存率は、6.3%とのことです。
このデータについては、賛否があると思いますが、起業をして成功させることが簡単ではないことは、一般的に理解されることだと思います。
また、世の中にある企業は、新規事業分野の立ち上げをしていますが、簡単に成功していません。
そのような状況から考えて、経営に関しては経験のない、いわば素人である後継者が新規事業を成功させることは簡単ではないと考えるのが普通です。
〇新規事業に必要なヒト・モノ・カネは、既存事業の利益から生み出されるものであること
ベンチャー型事業承継の定義にある「家業がもともと保有していた経営資源を用いながら・・・」という部分は、会社の資産を効率的に活かしているように見える表現ですが、よくよく考えると、「もともとの本業で稼いだお金を、新しい事業につぎ込む」ということです。
この状況は、既存事業に関わってきた社員からの理解は簡単には得られません。
社員から見ると、「苦労知らずの社長のお坊ちゃん、お嬢ちゃんが、仕事のこともわからないのに、なんか、わけのわからないものに、お金を使っちゃってる」と感じられることがあるからです。
もちろん、新規事業や古臭い経営を改革しようと取り組むことは重要なのですが、まずは、古参の役員や社員とコミュニケーションをとり、相互に良く理解し合うことが大切です。
それをしないまま、社長だからと言って、強引に新規事業を進めると、誰からも信頼されなくなります。
事業は社長1人で行うことはできませんので、社員の理解がなければ、当然のことながら失敗します。
〇後継者は新規事業を取り組むリスクを本当に理解しているのか
新事業の取組みに関しての調査データによると、新事業が成功したと回答しているのは、28.6%の企業に過ぎず、また成功したと回答した企業のうち、経常利益率が増加したと回答した企業は約50%程度です。
データには賛否があると思いますが、新規事業の成功確率は高くないと考えます。
ユニクロの柳井正氏の著書には、「一勝九敗」というものがあります。柳井氏ですら、一勝をするのは難しかったのです。名著ですので、ご一読をおすすめします。
それでは、新規事業が失敗した場合のことをイメージしてください。既存の事業まで影響が及ぶとすれば、最悪の場合には「倒産」ということになります。
私は、銀行に勤務していた時に、取引先企業の倒産に遭遇しました。
倒産は、企業の関係者にとっては「地獄」です。
従業員は路頭に迷い、経営者が死亡保険金で借入を返済するために自殺したり、返済の督促に来た銀行員が殺害されるという事件も実際に起こっています。
アトツギには、新規事業が失敗した場合、そのような最悪に至るケースまで想像し、覚悟した上で、新規事業に取り組んでいただきたいと考えております。
■後継者が最初に取り組むべきこと
〇新規事業に取り組むことは正しい、しかし・・・
時代の変化とともに、世の中に必要ではなくなっている業種もありますし、また昨今のようにコロナ・戦争など、予想もしなかった突然の変化により、ビジネスモデルが大きく変化することもあります。
従って、後継者が新規事業に取り組むことを否定しているのではありません。
新規事業を考えることは、事業の存続・発展において、経営者にとっては、必要不可欠なことです。
〇後継者は何から始めるべきか?
ただし、後継者が最初に取り組むべきことは、新規事業ではなく、下記だと考えています。
- 既存の事業、会社の資産内容を徹底的に理解すること
- 会社の弱みを軽減し、強みを伸ばす方法を考えること
- 社員に自分の考えを説明し共感を得ること
- 経営者としてのスキルを磨くこと(決断力・危機管理能力を身に付ける)
既存の事業は、先代が社員とともに作り上げた汗と涙の結晶で、ひとつの完成形です。
後継者は、それを自分のものにして、経営の基礎とした上で、新規事業をご検討されることが良いと思います。
会社は従業員の生活を支えている存在です。決してサークル活動のように、失敗しても、次に頑張ればいいというほど簡単ではありません。
新規事業へのチャレンジとリスクのバランスを考えることが大切です。